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ギャラリートーク原稿

ニコッッ


とっても素敵な時間でした…山種美術館での展覧会が17日よりスタートしております!

ご来場くださった皆様本当にありがとうございました。

ドキドキ授賞式のこととか、副賞で頂いた世界最強に美しいセイコー神様の腕時計のことなど、色々アップしたいんですが、とりあえずギャラリートークの原稿を上げます。

私このブログ、前サイトブログに引き続き誰も読んでないつもりで超適当に書いてるので会場でサイト見ましたって言われて久しぶりに震えちゃった^^♪インターネットは世界に発信されるので気をつけてほんとー!


以下原稿

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作家の早川実希と申します。今日は足をお運び頂きありがとうございます。よろしくお願いいたします。

今日は、この作品に込めた想いと、それとリンクもするんですが、なぜ破っちゃったのかなぜ貼ってしまったのか、多分気になっている方もいらっしゃると思うので、お話できたらと思います。


こちらの作品は「頁」というタイトルで、タイトルの由来は漫画をめくるときに時間が流れるごとにページが進むような感覚とか、

小学生のときに大好きだったこういう紙を切ってぱらぱらページをめくって着せ替えする遊びから発想しており、ページは時間や空間を行き来するという意味合いから付けています。(切り取り漫画を見せながら)


応募前、「5秒」というタイトルと迷っていて、

取材のときムービーを回しながらモデルさんに流動的に色んなポーズを取って貰ったんですが、その中の5秒間くらいすごくドキッとする時間帯があったんです。

こういうポーズの流れで(実演)、キャプションにあるんですが、抽象的で分かりづらいけど、その5秒間を見ると私はすごく魂がグラッとしてすごく綺麗な世界が一瞬見える。特別じゃないのに特別なこの5秒間と感覚を一つの絵にしてみたいと思って描きました。

ごく普通の日常が綺麗であることを感じさせてくれる、奥行のある雰囲気をもつ素敵なモデルさんでした。


今いくつか自分の中でテーマがあるんですが、最終目標は私と私の絵を観た人が、説明をしなくても同じ種類の感情を受け取って共有することができたらって思っています。

映像でも絵でも漫画でもいいんですが他の作家さんの作品から何か素晴らしい感情を受け取って、あ~言葉にできないけどすごいこれいいな~と思うと私は「あー生きてるな~」と思うんです。

そして私も貰った感情を自分の作品にのせて、観た方にコレいいなー!と思って貰えたらと思って描いています。私が人生で一番楽しい瞬間を観た人にもおすそ分けできたらと思って。大変押しつけがましいんですけど笑

少し前までは、心を込めたところで直で届くことってあるのかな?と疑問に思っていたんですが、最近は結構あるのかも!と思っています。


ここまでが私のこの絵に込めた思いになります。

で、今までも同じようなテーマで描いてきていたんですが、描いたものを破ったり貼ったりということはこれまでしてきませんでした。

なんで急にしてみたくなったかというと、同じことしてたら飽きてきちゃうから面白いことしてみたかったって言うのもあるんですが、


そもそもなんで自分は日本画材で絵を描いてるんだっけ?とあるとき分からなくなって、

もっと早く仕上げるのに効率がいい素材も、修正の無限に効くデジタルとかも表現手段はたくさんあるのに、なんで日本画なんだっけ?と悩んでしまって。

でも不思議と日本画から離れる気にはならなくて、なのでいっそその「今わたしは何素材で描いている?」とか「自分は日本画の何を面白いと思ってるんだろう」とかいう確認作業ごと作品にしてみようと思ったんです。


私は和紙に描いている。和紙には既存のものだけでも色んな種類がある。

紙は破けるし、薄ければ透ける。

私は筆で描いている。私は墨で繊細に描くのが好き。岩絵の具をモリモリ盛り上げるのが好き。

急に趣の違う金属材料が入るのがかっこよくて好き。

アナログ絵画には体があるから、触れて確かめることができるのが好き。


一生懸命3枚描いていたんですが、

支持体が和紙であることを私にも、見る方にもダイレクトに(絵の内容だけじゃなくって、素材そのものを)意識に入れて欲しくて描き込んだ部分を沢山切ったし破きました。(端切れを見せる)

もったいなさ過ぎてヒー!と思いましたし、最初からやる!って決めていたのに不思議なことにどうやったら破くことを回避できるかばかり頭にめぐっていました。未練たらしく切る前に写真にも納めたりして。


で、いざ破ってどんどん貼っていく段階で、すごく薄い紙に描いていたから透けるだろうと思っていたのに貼ったら全然透けなくて、下の絵はほとんど見えないし、狙っていた通りには全くいかない。ずっと冷や汗かいていました。


制御しようとしても偶然にふりまわされて、しかも取り返しがつかなくて、それでもどうにか失敗を生かしたり取り返そうと前向きにもがいて切り貼りしていました。

で、思ったのがこれが、この上手くいかなさこそが、この世に実体がある、っていうことなんじゃないかな~と思いました。

この下にある本物はもう絶対に見えなくて、でも確実に私が本気で描いた絵があるんです。

やって思ったのは、この台無し感がいいなと思って。

もう観れないけど、本気の蓄積が奥にある。歴史みたいだな~って。


なんか人生のこと考えちゃって、もう会えない素晴らしい人とか、二度と体験できない素敵な思い出とか、今目の前にないことに苦しさとか寂しさが募りがちだけど、確実にそれはあったんだよ、今も中に残ってるよって言ってくれてるような気がしました。(笑)


最後になんですが、

ずっと、日本画がなんなのか自分の中でフワフワしてて、で、この絵を描いたことをきっかけに少しずつ、今更で恥ずかしいんですけど日本画について学び直し始めました。

そしたらあまりに面白くて、なんでもっと早く沢山本読んでおかなかったんだろうとか、目が開くような思いで、自分がどんな地面に立っているのかずっと分からなくてずっと不安だったんですが、やっと地面が目視できて。グラッグラの地面に立っているってことだけが分かっただけでもすごく安心しました。


地面の形が分かるとどうやって走るかを初めて考えることができるかなと思って、

これから私の絵がどうなるのか分からないんですけど、これからも今更ながら日本画についてもアートについても勉強して、描く絵はきっと変わっていくと思います。

今まで描いた絵も、この絵も、その時々の私の現在地点そのものの絵です。私の悩みとか葛藤ごと楽しんで頂けたらと思います。


これで終わりになります。聞いて下さってありがとうございました。

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